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水戸地方裁判所 昭和45年(ワ)30号 判決

原告

梅原修

ほか二名

被告

川崎栄

ほか一名

主文

一、被告等は各自

原告梅原修に対し金七八〇万八、四九九円、原告梅原実、同花に対しそれぞれ金三〇万円

および右各金員に対する昭和四二年一〇月二九日より完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、原告等のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告等の負担とする。

四、この判決は原告等勝訴の部分に限り、かりに執行することができる。

事実

原告等訴訟代理人は、「被告等は各自原告梅原修に対し金一、〇一三万六、二三七円、原告梅原実、同花に対し各金五〇万円および右各金員に対する昭和四二年一〇月二九日より各完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告梅原修は昭和四二年一〇月二九日午後四時頃、茨誠県鹿島郡旭村大字滝浜新田六二一の一九九番地先路上を自転車(以下原告車という)に乗車し、水戸市方面より鉾田町方面に向け道路左側を進行中、折から酔余時速七〇粁で道路右側(同原告の進行方向左側)を対面進行して来た被告川崎光衛の運転する普通乗用自動車(以下加害車という)に正面衝突され轢過された。

二、原告修は右事故により、右脛骨開放骨折、頭蓋内出血、腰部膝挫創、脊髄損傷、第二胸椎骨折、第五胸椎骨折、第五胸髄支配域以下、知覚脱出、膀胱直腸障害、両下肢運動全く不能の傷害を受け、後遺症として脊髄損傷のため下半身が麻痺し、治療の見込みはない。

三、(1) 被告栄は加害車と乗務用に使用し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という)三条による損害賠償責任がある。

かりにそうでないとしても、同被告は被告光衛を使用し、同人が被告栄の業務を執行中、後記の如き過失によつて本件事故を発生させたものであるから、民法七一五条一項による損害賠償責任がある。

(2) 被告光衛はつぎの如き過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条により不法行為者としての損害賠償責任がある。即ち、同被告は酔余道路通行区分に違反して、しかも時速七〇粁位の速度で道路右側を漫然進行し、しかも、その前方を自転車で対面進行して来る原告修に気ずかなかつた過失により、同人に正面衝突するに至つたものである。

四、原告等は本件交通事故によりつぎの如き損害を蒙つた。

(原告修の分)

(一)  治療費等合計金一八五万二、七五五円

(1) 入院医療費金四四万八、五五五円

(イ) 北浦病院(鹿島郡鉾田町所在)分残金一一万七二〇円(ただし、昭和四二年一〇月二九日より同四四年一月一〇日までの入院医療費―付添人食事代を含む)

(ロ) 水戸整形外科病院分金三三万七、八三五円(ただし、昭和四四年一月一一日より同四五年一月三一日までの入院医療費―付添人食事代を含む)

(2) 付添婦費用金一二三万九千円

(ただし、昭和四二年一〇月二九日より同四五年一月三一日までの八二六日間の一日金一、五〇〇円の割合による)

(3) 栄養費他諸雑費金一六万五、二〇〇円

(ただし、右八二六日間の一日金二〇〇円の割合による)

(二)  逸失利益金八六四万八、四八二円

原告修の受傷は回復不能であり、労働能力を全く喪失したのであるが同原告は事故当時一四才であるから、就労可能年数は四〇年であるところ、一〇才より二四才までの男子の月平均給与額は金三万三、三〇〇円(昭和四一年度平均年令別給与額、労働大臣官房「賃金構造基本統計調査報告」による)であり、ホフマン式係数は二一・六四二六であるから、同原告の年収金三九万九、六〇〇円にこの係数を乗ずれば、現在請求しうべき金額は金八六四万八、四八二円(円未満切捨)となる。

(三)  慰謝料金三〇〇万円

原告修は右後遺症により下半身は全く麻痺しており、介添がなければ、起臥できない状態である。また爾後の治療は全く不能であるので、同原告は廃人同様となつてしまい、その肉体的精神的苦痛は死にまさるものがあるというべく、これを慰謝するには少くとも金三〇〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用金五万円

原告修は本訴提起を余儀なくされ、原告訴訟代理人に着手金として金五万円を支払つた。

(原告実、同花の分)

慰謝料金五〇万円づつ

原告修の右後遺症により、父の原告実、母の原告花は長男である原告修が本件事故により生命を害された場合にも比肩すべき精神上の苦痛を受けたが、これを慰謝するには各自金五〇万円づつが相当である。

五、以上、原告修の蒙つた損害は金一、三五五万一、二三七円となるところ、同原告は被告栄より昭和四二年一一月二五日金四五万円の強制保険金(慰謝料金二〇万円、後遺障害補償金二〇万円、入院雑費金五万円)のほか見舞金として金一六万五千円を受取り、その他原告修の被害者請求による後遺障害補償金として保険会社より金二八〇万円を受領しているので、残損害額は以上合計三四一万五千円を右損害額より控除した金一、〇一三万六、二三七円となる。

六、よつて、被告等に対し原告修は金一、〇一三万六、二三七円、原告実、同花はそれぞれ金五〇万円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四二年一〇月二九日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べて、被告光衛の抗弁に対する答弁および再抗弁として、

(一)  原告修と被告光衛との間に同被告主張の如き示談契約の成立したことは認める。

(二)  けれども、右契約はつぎの理由によつてその効力が無い。即ち

(1)  右契約は原告修の父原告実と被告光衛との間でなされたものであるが、同原告は原告修の最初の診断書が六ケ月間の加療を要する受傷となつていたため、右期間経過後は完治するものと考え、当時被告光衛の刑事手続が進行中でもあつたので、その刑事処分が少しでも軽くなるよう、被告等の申出に応じて取極められたものである。しかるに、原告修の受傷には、その後脊髄損傷が存し、治癒不能のものであることが判明した。原告修の下半身は現在においても完全に麻痺しており、毎日熱に悩まされ、介添がなければ起臥できない状態にある。

従つて、原告実の示談契約の意思表示はその重要な部分に錯誤があり、無効である。

(2)  かりにそうでないとしても、右示談契約は、当時の診断書等により、その傷害の程度を比較的軽く考えていたため、極めて低い金額で取極められたが、その後非常に重い治癒不能の受傷であることが判明した本件の如き場合は、当時当事者が予見し得ない行為基礎の変更が生じたとみるべきであるから、事情変更の原則が適用され、示談契約の効力は原告修には及ばないというべきである。

(3)  本件の如く、示談書が加害者の刑事処分のための嘆願書の意味で作成された場合、示談当時の事情と爾後の事情とを比較して後者が比較にならない程重大で、当初の示談金に比して甚だ均衡を失する場合、示談の経緯、時期、内容その他一切の事情を考慮しても、当初の示談によつて爾後の損害全部を償うものとすることが当事者間の信義、公平に反する場合には、信義則から、示談における権利放棄条項は爾後の損害に及ばないと解釈するのが、当事者の合理的意思に合致する。

(4)  本件においては、示談契約書の権利放棄条項が不動文字で印刷され、その内容が爾後の事情を考慮すると、極めて被害者に不利であり、このような場合には単なる例文にすぎないもので、当事者を拘束する効力はないものというべきである。

と述べた。

被告等訴訟代理人は、「原告等の請求はいずれもこれを棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因一の事実中、原告等主張の如き日時、場所において、原告車と加害車とが正面衝突したことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、同二の事実は不知。

三、同三の事実中、被告栄が被告光衛を使用していたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

被告栄は自動車の修理工場を経営し、被告光衛は同工場の従業員であるところ、加害車は同工場の従業員である訴外大森次男が日曜日などにドライブを楽しむため昭和四二年九月購入したものであつて、本件事故当時まで被告栄の業務の用に供されたことはなく、専ら、右訴外人のドライブ等の私用に供されていたものであつて、本件事故当日も日曜日であつた為、被告光衛が運転してドライブに出かけ、その途中事故が発生したもので、被告栄は運行供用者でないから、自賠法三条による責任はなく、また、本件事故は被告光衛が被告栄の業務の執行につき発生したものでもないから、民法七一五条一項による責任もない。

四、同四の事実中、原告修の分(一)のうち(1)、(イ)の点は認めるが、(一)のその余の事実および、(二)、(四)の各事実は不知。(三)の事実は否認する。原告実、同花の分のうち同原告等が原告修の父、母であることは認めるが、その余の事実は否認する。

五、同五の事実中、原告修の蒙つた損害額の点は不知。

六、同六の主張は争う。

と述べ、被告光衛の抗弁として、

被告修と被告光衛との間には昭和四二年一一月二五日示談契約が成立したが、右示談契約において、原告修の入院治療費一切は被告光衛の代理人である被告栄が支払うこと。看護料は治療を必要とする期間中支払うこと。慰謝料見舞金として金二〇万円、入院の必要経費として金五万円、後遺障害補償費として金二〇万円を支払うことなどの約定がなされたところ、被告光衛は治療費等の一部をまだ支払つていないので、同被告はこの未払分については支払義務があるけれども、その余については支払義務はない。

と述べ、原告等の再抗弁事実は否認すると述べた。〔証拠関係略〕

理由

第一、原告車と加害車とが昭和四二年一〇月二九日午後四時頃茨城県鹿島郡旭村大字滝浜新田六二一の一九九番地先路上において正面衝突したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、被告川崎光衛は加害車を運転し、本件事故現場附近を鉾田町方面より大洗町方面へ向け時速約八〇粁で進行していたが、同所は道路が左方にわん曲していてかつ、道路の内側に多数の樹木があつて前方の見透しも困難であり、そのうえ、附近の道幅が約七米で歩車道の区別のないところであつたのであるから、かかる場合、自動車運転者としては道路左側に寄り、徐行して交通の安全を確認しつつ進行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然前記高速度で進行した過失により、ハンドルを左に切ることができず、そのまゝ極度に道路右側に寄つて進行したため、たまたま前方約二二・二米の地点を対面進行して来た原告車を認め、あわてゝ急制動をかけようとしたが及ばず、原告修を路上に転倒させたものであつて、その結果同原告は、右脛骨開放骨折、頭蓋内出血、腰部、左膝挫創、脊髄損傷、第二胸椎骨折、第五胸髄支配域以下、知覚脱出、膀胱直腸障害、両下肢運動全く不能の障害を受け、後遺症として脊髄損傷のため下半身が麻痺し、治癒の見込みのない状態であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定したところによれば、被告光衛は不法行為者として本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

第二、つぎに〔証拠略〕によれば、被告栄は本件事故に基づき、加害者の保有者として強制保険金を請求して、これを受領していることが認められるから、他に特段の事情の認められない限り、被告栄は加害車の運行供用者であると推認すべきである。ところで〔証拠略〕中には加害車は訴外大森次男が被告栄から買受けた旨の記載があり、また、〔証拠略〕には自動車会社が直接訴外大森次男に加害車を売渡した旨の記載が存し、さらに〔証拠略〕中にも右同旨の証言部分および供述部分が存するが、これらは〔証拠略〕中に存する右加害車の購入にあたり、被告栄が自動車会社に対し同被告振出にかかる手形二〇枚を振出し、同被告が毎月一万円づつの支払をなしていたこと、被告光衛は自動車運転免許証を有しないこと、加害車の保管場所は被告栄の経営する修理工場であつたこと。加害車は屡々被告栄の修理工場の従業員全員のドライブ等のレクリエーシヨンに使用されていたこと等の証言部分および供述部分に照らして考えるとたやすく措信し難いのであつて、前記の推認を覆しうべき証拠とはなし難く、他にこれを覆しうる資料はない。

そうすると、被告栄は加害車の運行供用者というに妨げないものというべく、自賠法三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき責任がある。

第三、そこで、被告光衛の抗弁およびこれに対する原告等の再抗弁について考えるに、原告修と被告光衛との間に昭和四二年一一月二五日被告光衛主張の如き示談契約が成立したことは当事者間に争いがない。

原告等は右示談契約は要素の錯誤により無効である旨主張する。〔証拠略〕によれば、右示談契約は、原告修の法定代理人である原告実が本件事故の翌日である昭和四二年一〇月三〇日における原告修の受傷に対する医師の診断が約六ケ月間の休養加療を要するとのことであつたので、右期間中に完治するものと信じ、かつは、被告光衛より同人に対する刑事処分を軽くするためと称して早急に示談してくれるよう強く要求されたため、原告修の病状を確認する余裕もなく、極めて少額な金額により締結されたものであること、しかるにその後に至り原告修の受傷は実際は脊髄損傷による回復不能のものであつたことが判明したこと、原告実は示談契約成立当時、原告修の受傷が右の如きものであることを承知していたならば、当然、本件示談契約の締結を拒否したこと。以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定したところによれば、原告実の示談契約締結の意思はその重要な部分に錯誤があり、無効であるというべきであり、原告等の再抗弁はその理由がある。

第四、そこで、損害の額について判断する。

一、(イ) 原告修は本件受傷の治療のため昭和四二年一〇月二九日より昭和四四年一月一〇日まで鉾田町所在の北浦病院に入院し、治療費残金として金一一万七二〇円の債務を負担したことは当事者間に争いがない。

(ロ) 〔証拠略〕によれば、原告修は本件受傷の治療のため昭和四四年一月一一日より昭和四五年一月三一日までの間水戸市所在の水戸整形外科病院に入院し、合計金三三万七、八三五円の治療費を支払つたことが認められる。

(ハ) 〔証拠略〕によれば、原告修の前記入院期間(八二六日)中、その母である原告花は終始看護の必要上原告修に付添つたことが認められる。しかして、右の如く家族が付添つた場合に損害として請求しうべき付添費用は経験則上一日金一千円をもつて相当と認めるので、原告修はこの割合による八二六日間の合計金八二万六千円を損害として請求しうべきこととなる。

(ニ) また、〔証拠略〕によれば、原告修の右入院期間中、療養のため少くとも一日金二〇〇円の諸雑費を費したことが認められるから、同原告はこの割合による八二六日間の合計金一六万五、二〇〇円を損害として請求しうべきこととなる。

(ホ) 〔証拠略〕によれば、原告修は脊髄損傷のため下半身が麻痺し、回復不能であつて労働能力を全く喪失したこと、本件事故当時満一二才であつたことが認められるから、その就労可能年数は少くとも四〇年であるというべきところ、二〇才より二四才までの男子労働者の平均年間収入は金五〇万九、六〇〇円であり(「昭和四三年賃金構造基本統計調査報告」による)、また平均年間生活費は金一九万八、四二〇円であるというべきであるから(総理府統計局「昭和四三年家計調査年報」全国勤労者世帯の一人当りの消費支出)、年間純収益は金三一万一、一八〇円となり、従つて、右四〇年間の得べかりし利益の現在価額をホフマン式計算法(複式)により中間利息を控除して算出すれば、金六七三万四、七四四円となる。

(ヘ) 原告修の本件受傷による後遺症は前記認定の如くであつて、全く廃人同様であり、これに年令その他諸般の事情を考慮すれば、同原告の精神的苦痛は少くとも金三〇〇万円をもつて慰謝されるべきが相当であると認められる。

また、原告実、同花は子である原告修の前記の如き後遺症のため、その生命侵害の場合にも比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を蒙つたことは十分に推認できるところ、本件においては、その精神的苦痛は各自金三〇万円をもつて慰謝せらるべきものと認めるのが相当である。

(ト) 以上の如く、原告修は合計金一、一一七万三、四九九円の損害を蒙つたところ、被告等はその支払に応じないので、原告修はやむなく原告訴訟代理人に委任して本件を提起したものであることは〔証拠略〕によつて明らかであるから、原告修が請求する弁護士費用金五万円は本件事故と相当因果関係にある損害として許容すべきものである。

二、ところで、原告修は被告栄により強制保険金四五万円および見舞金一六万五千円を受領したこと、さらに同原告の被害者請求による後遺障害補償金として保険会社より金二八〇万円を受領したことは同原告の自認するところであるから、前記損害額より以上合計金三四一万五千円を控除した残額七八〇万八、四九九円が同原告において請求しうべき損害額である。

第五、以上の次第で、被告等は各自原告修に対し、金七八〇万八、四九九円、原告実、同花に対しそれぞれ金三〇万円および右各金員に対する本件事故発生の日である昭和四二年一〇月二九日より完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告等の本訴請求は右の限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、民訴法八九条、九二条但書、九三条一項本文、一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 太田昭雄)

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